地方銀行からM&A総研への転身
元銀行員が切り拓く、地域貢献の新たな形
新卒で東北地方の有力地方銀行に入行し、営業店や本部でキャリアを積み重ねてきた金融提携部の菅原さん。銀行内でM&A業務の実績を積みながらも、「銀行という枠組みの中だけでは救いきれない企業がある」という現実に直面し、より広域かつ柔軟な支援を行うためにM&A総合研究所への転身を決意しました。「銀行の看板」という安定を捨ててまで彼が求めたものは、自身の市場価値を問う挑戦であると同時に、地域経済を外側から支える「新たな貢献の形」でした。「金融提携部」がいかにして全国の金融機関の信頼を勝ち得ているのか。その「共存共栄の戦略」と「地域への想い」に迫ります。
「銀行の看板」ではなく「個の力」を試したい
―前職の地方銀行でもM&A業務に従事していた中で、M&A総研に転身した理由を教えてください
前職の地方銀行では、約5年半にわたりM&A業務に従事していました。当時はまだ銀行内でもM&A専門部署が立ち上がったばかりの過渡期で、最初は外部の大手M&A仲介会社へのトスアップから始まり、徐々に行内での自前対応へとシフトしていく時期でした。その中で私自身も成約実績を積み重ね、周囲から評価をいただくことも増えていました。
しかし、実績が出れば出るほど、「この実績は、本当に自分の実力によるものなのだろうか?」と疑念を抱くようになりました。地方銀行は地場で高い知名度を誇るので、地元の名士や経営者の方にほとんど断られることなくお会いできます。M&Aの提案を聞いてもらえるのも、成約できるのも、私の営業力ではなく、長年先輩たちが築き上げてきた「銀行の看板」と「圧倒的な顧客基盤」があるからではないか。その思いが拭えませんでした。
30代半ばを迎え、銀行員としての将来がある程度見えてきたタイミングで、「組織の看板を外したとき、自分にどれだけの市場価値があるのか」を知りたくなりました。自分の力がどこまで通用するのか、限定されたエリアではなく、全国規模の広大なフィールドで勝負がしたい。そう強く思うようになったのが、転職の最大のきっかけです。
―数ある仲介会社の中で、なぜM&A総合研究所を選んだのですか?
当時の私が求めていたのは、圧倒的なスピードで成長している環境です。「ここなら、会社と共に自分も成長できる」という確信を持てたのがM&A総合研究所でした。代表の佐上の考え方に共感したことも大きいですが、銀行時代に面識のあった知人が当社に在籍していたことで、心理的なハードルが低くなっていたように感じます。
―銀行員という安定した職を離れることに、ご家族からの反対はありましたか?
妻は「仕事の内容が変わらないならいいんじゃないか」と理解を示してくれたのですが、私の父と、妻の父からは「銀行員のステータスを捨ててまで、東京の企業に行く必要があるのか」と強く反対されました。私がいた銀行は東北でも特に規模の大きい銀行で、同期入社が100名以上いる中で、私はいわゆる出世コースにいました。当時はまだ当社が上場する前で、親の世代からすれば聞き慣れない社名に、「安定を捨て、本当にその選択でいいのか?」という心配も大きかったと思います。
ただ、元々チャレンジングな性格ということもあり、自分の意志を貫き、「絶対に成功してやる」「自分の選択が間違っていなかったことを証明してやる」という気持ちで入社しました。あの時の決断があったからこそ、今の自分があると思っています。
圧倒的な「行動量」と「DX」が生み出す価値
―入社当初は企業情報部への配属でしたが、そこでの経験はいかがでしたか?
銀行時代は「アポイントが取れない」ことがほとんどなかったので、銀行の看板がないということがこれほど厳しいものか、と痛感しました。電話が繋がっても話を聞いてもらう前に電話を切られてしまうことも多々ありましたが、そこで挫けることはありませんでした。試行錯誤しながら1年強在籍し、数件の成約を経験しました。苦労してアポイントを取り、オーナー様と信頼関係を築いて、自分の力で成約に至った経験は、今の自信の礎になっています。
そして何より、当社の環境には驚かされることばかりでした。銀行はどうしても紙文化、ハンコ文化が根強く残っていますが、当社は徹底してペーパーレス化されており、DXによる業務効率化のシステムが完成されています。「アナログな銀行」から来た私にとっては、未来を先取りしているような感覚でした。このシステムのおかげで、無駄な事務作業に時間を取られず、自身の営業活動に集中し、顧客への提案や、本質的な価値創造に集中できる。これはM&Aアドバイザーとして最大の武器だと感じました。
その後、金融提携部が本格的に立ち上がるという話を聞き、自ら志願して異動しました。自分のバックグラウンドである金融機関との連携で、もっと大きな仕事がしたい、銀行時代の経験と当社のDXを掛け合わせれば、もっと大きな価値が出せると確信していたからです。
金融提携部の挑戦。「後発」だからこそできる戦略
―多くの銀行が当社以外のM&A仲介会社と提携している中で、どのように信頼を勝ち得ているのでしょうか?
現在、地方銀行の7〜8割は何らかの形で大手M&A仲介会社と既に提携関係を構築されています。そこに我々が後発部隊として入り、「他社様と同じことをやります」と言っても、振り向いてはもらえません。明確な差別化が必要です。そこで我々が取っている戦略は、「他社様が何らかの理由でできなかったことをやる」という徹底した柔軟性です。
具体的には、M&Aを検討しているものの着手金の支払いが難しい企業様への提案です。他社様の料金体系上、成約するまでに手数料が発生することがあります。そこを当社の強みである完全成功報酬制を活用いただくことで、ご紹介いただきやすい環境を整備しております。また、契約形態についても、我々は「FA(ファイナンシャル・アドバイザー)」形式でも柔軟にお引き受けしています。銀行内には、こうした「他社に断られたけれど、銀行としては何とかしたい」という企業様が必ずいらっしゃいます。我々はそこに光を当て、「当社なら解決できます」と提案しています。
銀行内でマッチングに難航している企業様であっても、当社のデータベースとシステムを使えば、短期間で100社、200社という候補先をリストアップし、打診することが可能です。この「圧倒的な行動量」と「スピード」を見せることで、「M&A総合研究所は他とは違う」「本気でやってくれる」という信頼が生まれ、次第に企業様をご紹介いただけていると考えています。
奇跡の「2週間マッチング」。困難な案件を突破する力
―戦略が実を結んだ事例を教えてください。
西日本にある地方銀行からご紹介いただいた事例が非常に印象に残っています。これは元々、銀行側が独自で支援したり、他の仲介会社とも連携したりしていたのですが、なかなかマッチングまで進まず、銀行側にとっては手詰まり感を感じていた企業様でした。
そんな中、当社にご紹介いただいてからは、わずか2週間でお相手を見つけることができました。ニッチな事業を展開する企業様でしたが、当社のデータベースと担当者の動きの速さが完璧に合致したといえます。長期間前向きなお話がなかった中、一瞬で状況を打破したことで、同行様からの信頼は揺るぎないものになったと感じています。
―他にも、当社だからこそ成約できたという事例はありますか?
「社内にいる専務を社長に昇格させてくれる譲受企業様でないと譲渡しない」という条件ながら成約まで導いた事例です。譲渡企業のオーナー様にとっては譲れない条件でしたが、地元エリアでのお相手探しは難航されていました。しかし、当社が全国規模で探索したところ、全く異なるエリアの企業様で「全国でM&Aを行っているが、譲り受け後も自走できる経営体制がある会社を譲り受けたい」という方針の企業様が見つかり、双方の思いが合致することができました。
―金融機関との連携において、特に配慮されている点はありますか?
金融機関からすると、地元の企業が県外の企業様に譲渡されると、メインバンクが変わってしまうという懸念を持たれることがあります。そこは非常にセンシティブな部分です。ですので、我々は譲受企業が県外の企業様であっても、「譲り受け資金の融資(買収ファイナンス)は、地元の銀行様をご利用いただけないか」という調整を必ず行います。結果的に難しい場合もありますが、「共存共栄」の関係を築けるように細心の注意を払っています。
銀行出身者の強み。「ウェットな人間力」と「最先端のDX」
―現在は提携先の銀行へ出向もされているそうですね。
はい。現在は九州地方の金融機関へ定期的に出向・常駐し、支援を行っています。M&Aのニーズは多いものの、どうしても人手が足りないということで、私が定期的に入り、現場のリソースを補完する形で動いています。支店長や担当の方と一緒に営業車に乗ってお客様先を回ることもあります。
―やはり、銀行出身者であることは強みになりますか?
それは間違いなく強みですね。銀行には独特の文化や「作法」があります。「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」の徹底度合いや、稟議の通し方、各社内フローの重要性など、銀行員ならではの共通認識があります。私が銀行出身であることで、提携先の行員の方々も「この人は分かっている」と安心いただける場面も多いですね。
また、人となりがわかるようなコミュニケーションも意外と大切なんです。そうした「ウェットな人間力」と「最先端のDX」の両方を使えるのが、今の私の最大の武器であり、銀行出身者が当社で活躍できる理由だと思います。
自身と金融提携部が見据える未来
―最後に、今後の目標を教えてください
今後の目標は、金融提携部としてまだ開拓できていないエリア、特に中部・東海地方などのネットワークを強化していくことです。地方銀行の7〜8割とは接点ができてきましたが、信用金庫なども含めればまだまだ開拓の余地があります。そして個人的には、銀行出身者がもっと活躍できる場を作っていきたいですね。銀行員は優秀な方が多いですが、組織の論理の中でくすぶっている人もいるはずです。かつての私のように「自分の力を試したい」「もっと広いフィールドで戦いたい」と思っている方には、ぜひ当社でその力を爆発させてほしいと思います。
私が証明したように、ここでは「銀行の看板」がなくても、プロフェッショナルとして輝ける場所があります。リスクを恐れずに挑戦する仲間が増えることを楽しみにしています。
編集後記
「銀行の看板があったから、活躍できていただけではないか」。インタビュー中に語ったこの言葉は、大手企業に勤めるビジネスパーソンが一度は抱く問いかもしれません。しかし、実際にその看板を捨て、荒野に飛び出す勇気を持つ人は稀です。一度きりの人生だからこそ、挑戦してみたい、という思いを胸に当社に飛び込んだ菅原さんは今、銀行業界とM&A業界の架け橋となり、地域経済に新たな循環を生み出しています。
